2020年8月4日、ビザスク主催のオンラインセミナー「攻めの新規事業―JINSが挑むサービス事業への変革―」を開催しました。
本レポートでは、メガネ型ウェアラブルデバイス「JINS MEME」やソロワーキングスペース「Think Lab」を立ち上げられてきた株式会社ジンズ JINS MEME事業部 事業統括、株式会社Think Lab取締役の井上 一鷹氏をお迎えし、サービス事業への変革を目指す新規事業開発の取り組みについてお話しいただいたセミナーの講演内容をお送りします。
2021.02.17セミナーレポート
2020年8月4日、ビザスク主催のオンラインセミナー「攻めの新規事業―JINSが挑むサービス事業への変革―」を開催しました。
本レポートでは、メガネ型ウェアラブルデバイス「JINS MEME」やソロワーキングスペース「Think Lab」を立ち上げられてきた株式会社ジンズ JINS MEME事業部 事業統括、株式会社Think Lab取締役の井上 一鷹氏をお迎えし、サービス事業への変革を目指す新規事業開発の取り組みについてお話しいただいたセミナーの講演内容をお送りします。
私は、ジンズの中でも物売りではない新規事業の立ち上げを、かれこれ8年半ほど行っています。目の動きや瞬き、姿勢から、集中を測るメガネ型ウェアラブルデバイス「JINS MEME」に入社当時から取り掛かりました。そこで計測したデータをもとに、人はどうやったら集中できるのか研究を進め、その結果、集中できる要素を空間に落とし込み、ソロワーキングスペース「Think Lab」を事業化してきました。
本日は、JINS MEMEやThink Labの事例を通して、「メガネ屋」から「サービス提供者」に変革しようとしているジンズについてお話しします。先に申し上げておくと、私たちもまだこの事業が大きな収益につながるところまでは至っていません。日々悩んでいます。その悩みもそのままお伝えして、みなさんの参考になればと思っています。
最初に、なぜ当社が新規事業をやっているのか、についてお話しします。
手前味噌ですが、メガネという市場において当社の国内販売シェアは非常に高く、そろそろ3本に1本はJINSという状況です。これをこのまま伸ばしても、事業拡大のアッパーは決まっています。当社の社長、田中は10年前の時点で「メガネを切り口に、他のことをしなければならない」と話していました。また、海外展開にも力を入れており、中国、米国、台湾、フィリピインに出店しています。今後、従来のメガネの市場は1000億円程度で頭打ちの可能性がたかいため、これからは国内で新しいメガネの在り方を模索し、それを海外にも展開していくことが必要になると考えられます。
メガネは730年前、イタリアで生まれました。しかし、当時のメガネの形と、現在多くの人がかけているメガネの形は、ほぼ同じです。これだけ世界でたくさんの人が使っているにもかかわらず、メガネは長らくイノベーションを興していないのです。音楽業界で言えば、10年ごとに、CD、MD、ストリーミング、Spotifyと、技術様式が変わり、勝ちプレーヤーが変わっていきます。それに対してメガネは、改善はずっと繰り返していますが、ディスラプトするようなビジネスモデルは描けていません。このことに対して、ずっと当社の経営は課題に感じており、「10年に1回は、自分たちをディスラプトせねばならない」と言っています。
改めて、なぜ新規事業をやるのか。それは、このまま何もしなかったら、緩やかな死に向かっていくからです。
ここから本題です。何をやるか、どうやるかを、JINS MEME事業と、Think Lab事業を通じてお話しします。
JINS MEMEは、目の動き、瞬き、姿勢から集中を計測しますが、その開発は、ニンテンドーDSの「脳トレ」を監修した、東北大学加齢医学研究所教授の川島隆太先生とのブレストから始まりました。そこで川島先生が、「メガネって、パンツの次に身に着けている時間が長いよね」とおっしゃったんです。これは、メガネを生業としている人間だけでは意外と気付かないことです。そして、私はこれこそが、JINS MEMEのすべてだと思っています。イノベーションというのは、すべて再定義から始まります。「長く身に着けている」からこそ、身に着けている人の目の動きや姿勢などをよく知ることができるのではないか、そう考えました。
「パンツの次に付けている時間が長いもの」という再定義の後に、では我々はどのような世界を創ろうかという話をしました。それは、「メガネひとつで、すべての生活習慣病に向き合っていこう」ということです。メガネを通して集中や姿勢、脳の活動量が測定できれば、メタボリックシンドロームだけではなく、ロコモーティブシンドローム(寝たきりのリスク)、精神疾患、認知症なども早期に対策できるのではないか、そういう話をしていました。
とはいえ、新規事業をしている人には当然のことながら、今お話しした世界は綺麗な世界で、実現するには20年以上かかります。これでは、事業体として持続できません。そのため、数年は目の前のニーズをどう拾っていくかにピボットし続ける必要があります。
続いて、JINS MEMEをどう作っていったのかについてお話しします。まず、2011年の4月、元となるアイデアをいただき、目の動きを取れる特許を取得していました。それから私が入社し、開発を本格的にはじめ、2015年に発売となりました。
前提条件として、ジンズという会社の主体は小売です。そしてこれまでの商売はすべてローテク商材であり、研究開発という機能を持ったことはありませんでした。そこから、JINS MEMEをハードウエアではなくサービスにまで持っていくには、従来当社が持っていた「意匠デザイン」の機能の他に、6つくらいの技術領域を新たに満たす必要がありました。ほぼ全部社内ではできないため、オープンイノベーションで進めていったのです。
JINS MEMEは、日本のある電子部品メーカーさんに作っていただいています。そこでプロマネをしてくださっているのは、これまで名だたるプロダクトを手掛けた第一線の方です。なぜそんな、すごい人をアサインしてくださったのか聞いてみたところ、面白い答えが返ってきました。かつて、携帯電話の小型化競争が激化していた時、電子部品メーカーは部品小型化のため大規模な設備投資と研究投資をしていました。しかし、それからスマートフォンが急速に普及したことから、小型化のための技術は寝かされてしまっていたのです。そんな折、私たちがメガネ屋としてこういうことをしたいという話を持って行ったことから、面白がって第一線の人をプロマネとして付けてくださったということでした。
これは再現性のある話ではないかもしれませんが、こうした大きなトレンドからの力学を見ておくと、外部と一緒にやる時に、コミットメントの高い人や、能力の高いプレーヤーが付いてくれる可能性が高いと思います。
もう一つ、当社は研究開発機能を持っていなかったという話をしましたが、これは産業的には仕方のないことです。メガネの機能は、ほとんどがレンズですよね。レンズ業界は、世界で3社寡占です。スケールメリットが明らかに支配している産業であるため、イノベーションのジレンマにはまってしまい、新しいものが生まれにくいのです。当社の社長はここに気付きを得て、R&D室を立ち上げたり、様々なアカデミアと共にデータを取って研究をしたりしています。
しかし、オープンイノベーションに頼りまくっていると、「うちの付加価値って何だっけ?」という話になっていきます。何をもって私たちは「JINS MEMEのオーナーだ」と言えるのか。そこに答えを持たなければなりません。私たちは、当社の意匠デザインのデザイナーと、和田智さんという工業デザイナーと共に、意匠デザイン×工業デザイン×人間工学をすり合わせたデザインの領域に強みを持っています。そこにちゃんと立脚し続けることを決めています。
そして、最後に難しいのが、サービス開発です。JINS MEMEでは、ドライバーの眠気を測定して事故を防止するというサービスを現在提供しています。しかし、いきなり私がトラックの運送業者に売り込んだとしても、まず門前払いです。やはり、そこには産業間のラストワンマイルを埋める、サービスインテグレーターと組まなければ、サービスは立ち上げられません。
当社では、そこに特殊な仕掛けをしました。JINS MEMEの販売を開始したのは、2015年の11月ですが、その1年半前の段階で商品発表会をしました。まだ販売できるところまで開発が進んでいない段階でしたが、「こういうメガネを作ります、この指とまれ!」と発信することで、強力なパートナー企業を集めていったのです。
基本的に、ファンクションで勝負するのが一般的なメーカーの在り方だと思います。しかし当社は、エンジニアを抱えていませんし、工場も持っていません。そこで、ファンクションはできるだけオープンにしています。ただ、デザインとストーリーのところには絶対に立脚をして、ファンクションを提供したいプレーヤーが、「ジンズと組みたい!」と思っていただけるようにしています。それが、私たちのスタンスです。
それから、集中を測るデバイスということで、JINS MEMEを色んな企業に持って行って、「働き方改革と言っているけれど、その改革は本当に正しいですか?」と、BPRサービスを展開していったところ、様々な賞を頂きました。
すると、「JINSの社員は相当集中して仕事をしているんですね」と、色々な企業の方に言われるようになったんです。当社は日経ニューオフィス賞に選出されるなど、非常に良いオフィス環境でした。しかし……実際に計測してみると、オフィスでは全然集中できていないことが分かったのです。
ここで、驚愕のデータを紹介します。日本のオフィスワーカーの95%は、所属しているオフィスが最も集中できないというのです。その理由としては、私たちは23分かけて深い集中に入るのに、オフィスにいると11分に1回話しかけられたり、メールやチャットがきたりします。これでは、どうやってもオフィスで深く集中できるはずがありません。
そこで、どんな環境であれば人は集中できるのか、その研究結果を活かして、ソロワーキングスペースThink Lab事業という、もはやメガネですらないことを、様々な企業と共に始めました。
ではなぜ、集中が必要なのでしょうか。それは、「コミュニケーションと集中が両方なければ、イノベーションは起こらない」という経営学の考え方に基づいています。今の世の中は、コワーキングスペースでコミュニケーションを誘発しようという取り組みは盛んです。確かに、新しいものは異なるものとの掛け算から生まれます。しかしその前に、一人ひとりが独創的に、それぞれの仮説を集中して深めることも重要です。その環境が足りないことから、私たちはThink Labを作っています。
大事なのは、色々な企業の中にThink Labを作ったこと、つまりBtoBから始めたということです。最初は、設備投資のイニシアルコストを背負ってくれるプレーヤーに対して、コンサルティングを行いました。しかし、カフェなど会社の外で仕事をする人が増えていたため、ニーズがあると踏んで、汐留にサードプレイスとしてのThink Labを展開することにしました。
ここで、コロナという大きな波が来ました。コロナの前に考えていた未来は全部捨て去るくらいの気持ちでなければ、絶対に新規事業なんてできない、7年くらい一生懸命考えてきた仮説は全部変わるかもしれない、そんなことを考えました。
Beforeコロナで言っていたことは、「集中できるとむっちゃ良いよね」ということでした。しかし、Afterコロナでは「集中なんて言っている場合じゃないよね」へと変わりました。そういう中でも、働き方の変化について最先端で語るポジションを取りたいと思い、緊急事態宣言が発令された時期に、「コロナが変える働き方」と6万2000字のnoteを書いたりしました。
その後、作ったサービスが2つあります。サードプレイスという言葉を聞いたことがある方も多いと思います。簡単に言うと、ファーストプレイスは自宅、セカンドプレイスはオフィス、サードプレイスは、その他の居心地の良い居場所のことです。コロナ禍で何が起こったかというと、セカンドプレイスであるオフィスの機能が少し薄くなり、それが在宅勤務としてファーストプレイスの自宅に移ってきたということです。
そして、日常業務を自宅でやり続けると、「ここではないどこかへ行きたい」という、非日常へのニーズが高まっていきます。今後すべて、外に出るという行為は「わざわざ」どこかへ行くという風になるでしょう。極端なことを言えば、トリップアドバイザーに書きたいような空間しか求められなくなると思います。
そこで私たちは、「非日常」の領域で、7月30日にスターバックスさんとの共同店舗を銀座にオープンしました。基本的に1人で仕事をする場所であるため、感染リスクはほとんどありません。今後も感染防止対策には細心の注意を払いながら、非日常を楽しんでいただけるサードプレイスとして運営していきたいと思っています。
もう一つのサービスが、ファーストプレイスの自宅での通常業務インフラに対するソリューションです。在宅勤務についてヒアリングをすると、自宅で働く場所を確保することに問題を抱えている人が多いことが分かりました。そこで、自宅で家族と一緒にいながらも、仕事の自分と家庭の自分、2つのロールをきちんと切り分けるためのブースを開発しました。もちろん、これまで蓄積した集中するためのデスクの横幅や仕切りの高さなどのデータを活用しています。素材も段ボールで、安価に提供できる予定です。
コロナなど有事の際に大事なことは、今までの仮説を一度捨てて、何とか最初にソリューションを出すべく、スピード感を重視することです。構想だけではなく、作る・売ることにより注力をして、早く打ち手を打つようチームに投げかけています。そして、基本的にチームメンバーの8割は業務委託です。
新規事業をやろうと思った時に、社内の人を無理やり引っ張ってくると、どこかでスタックします。それは、そのミッションで入っていない人は、「やらされ感」がぬぐえないからです。そこで、「絶対にこの世界が好き」という人しか集めないようにしています。
最後に、私が新規事業を開発する上で大事にしてきた9つのことをお話しします。
(1)健全な不安感
トップが既存の事業に危機意識を持ち、健全な不安を常に口にしてくれていると、私たち新規事業に携わる者は動きやすいと感じます。
(2)再定義し続ける意識
先ほどお話ししたように、「メガネはパンツの次に身に着けている時間が長い」という再定義から、JINS MEMEは生まれました。みなさんが今持っている商材は、異なる切り口で見ると、どういう優位性、ユニークネスがあるか。これを、まったく違う視点から見つけなければイノベーションは起りません。
(3)振り切る勇気
JINS MEMEやThink Labという新しい事業は、「いつ黒字化するのか」「どういう事業計画なのか」ということを聞かれがちです。そういう時に、当社の社長の田中は、「俺が信じている以上、儲かるんだ」と言い切ってくれます。もちろん、社内では綿密に詰められているのですが、それを外部にどう発言するのかということはかなり大事です。
(4)遠い人に仕事について話す
自分がやりたいこと、やっていることを見直すには、できるだけ遠い人間と話をすることが大事だと思います。それは、客観的かつ抽象度を上げて自分の行動を認知するためです。
(5)各企業の仕掛け役の集まりをめぐる
新規事業をやっていて気付いたのですが、イノベーターは色んな企業にいながら何かを仕掛けている人なので、BtoC商材だとしても、BtoBの顔をしています。そういう人たちを何とか巻き込んでイノベーションを興さなければ、キャズムは超えないと思います。
(6)アイデアおじさんを無視
こういう仕事をしていると、メッセンジャーでいきなり「俺いいこと思いついた」と知らないおじさんからメッセージがきたりします。でも、私たちのリソースは限られていますから、アイデアに価値を感じすぎるより、アイデアをカタチにすることにリソースを割く方に意識を向けましょう。UBERなんて色んな人が考え付きます。やりきることことに価値があるんです。
(7)Live your Life
JINS MEMEで集中を測っていてわかったのは、「これをやりたい」とハッキリ言える人が、最も集中できるということです。できることや、やるべきことをやるより、理屈抜きに「これやりたい」と言っている人が強いので、そういう人だけを仲間に入れるのが、とても大事だと思っています。
(8)枠ではなく軸
ティール組織の考え方に近いですが、マネジメントというのは、基本的には枠を決めてから分解して、その一つひとつを人に任せます。もちろんそれも大切です。だけど、新規事業をやる時は、絶対に先週とは言っていることは変わります。枠ではなく軸を見せて、求心力を持って、「なんか面白いな」と思ってもらう。そういうことを意識しないと、絶対に人は離れていきます。
(9)サラリーマンを謳歌する
社長からよく、「お前は会社の金でやりたいことやって幸せだな」と言われます。会社のお金で何か新しいことを仕掛けて、サラリーマンを謳歌しながら、できるだけ広い影響度ものを作りに行くことは、本当に大事なことです。これからも、このスタンスで仕事ができたらいいなと思います。
「企業内でやる新規事業のプロマネに大事なことって何か?」
色んな人が、独自の視野・視座・視点で、面白い話や、実効性の高い話をしてきます。こうした良い話一つひとつを、できるだけ殺さずに、一貫した物語として紡ぐということ。この編纂の仕事こそが、新規事業を作る上で最も大事なことだと思っています。
Q. 新規事業のアイデア発想のコツとは?
できる限り、その領域において詳しい人を、何とか捕まえに行くことです。そういう人は知的好奇心の塊なので、「こういう世界を創りたいのだけど、話を聞かせてください」と言うと、面白がって会ってくれます。そこで聞いた話を自分で咀嚼して、仮説を立てて、構想を考えて、またその人に聞いてもらう。その繰り返しが本当に大事です。
Q. チームの作り方、外部パートナーとの連携のポイントとは?
井上:チームメンバーには、ノーリーズンで信じられる人しか入れない方がいいです。テレワークが進めば進むほど、猜疑心に時間を割いている場合ではないですから。「この人って本当にこの事業を面白がっている」という人ばかりにする必要があります。
協業先も半分同じで、「このサービス面白くないですか?」という話をした時に、一緒に面白がってくれるかどうかが大事です。ある企業にThink Labを作ったのも、その発端はその企業の中にThink Labが大好きな人がいて、その人と盛り上がったら総務が動かざるを得なくなり、最終的にはCFOも盛り上がってくださったんです。外部パートナーといっても、結局は人です。対応する人が楽しんでくれるかどうかだと思います。
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登壇者プロフィール
井上 一鷹
JINS MEME事業部 事業統括、株式会社Think Lab取締役
大学卒業後、戦略コンサルティングファームのアーサー・D・リトルにて大手製造業を中心とした事業戦略、技術経営戦略、人事組織戦略の立案に従事後、JINSに入社。JINS MEME事業と「世界一集中できる場」を掲げたソロワークスペースThink Labプロジェクトを兼任する。