有識者セミナーレポート

「人間中心設計」の第一人者が教える失敗しないユーザーインタビュー
~課題やニーズを的確に捉え、分析し、製品・サービスに反映するためのコンピタンスとは~

登壇者プロフィール

黒須 正明

放送大学名誉教授・人間中心設計推進機構(HCD-Net)
名誉理事長

早稲田大学で心理学を学んだ後、日立製作所に入社し、中央研究所、デザイン研究所で17年間、HCIやユーザビリティ評価の研究に従事。その後、静岡大学情報学部、文科省メディア教育開発センター、放送大学にて教授。ユーザ中心設計、UXの理論と評価、人工物進化学などを研究。現在は、日常生活のデザインというテーマに取り組んでいる。現在は、放送大学名誉教授。学会活動として、APCHI98とINTERACT2001の大会長を、またHCI International Thematic Areaの大会長を2009から現在まで担当。NPO人間中心設計推進機構の名誉理事長。近著に『UX原論』『人間中心設計における評価』『コンピュータと人間の接点』『Theory of User Engineering』など。

登壇者プロフィール

橋爪 絢子

法政大学 社会学部 メディア社会学科 准教授

2011年、筑波大学大学院人間総合科学研究科博士後期課程修了。博士(感性科学)。日本学術振興会特別研究員、首都大学東京(現東京都立大学)システムデザイン学部助教授を経て、2019年に法政大学社会学部メディア社会学科に専任講師として着任。2022年より現職。『JIS Z 8530:2021 人間工学−人とシステムとのインタラクション−インタラクティブシステムの人間中心設計』の原案作成委員会の委員長を務め、日本感性工学会著作賞、日本人間工学会標準化貢献賞を受賞。2022年には著書『現場の声から考える人間中心設計』で、日本感性工学会著作奨励賞を受賞。2023年より、HCI InternationalのHCI Thematic Area大会長。専門はヒューマン・コンピュータ・インタラクション、人間中心設計。

「人間中心設計」はニーズ志向から考える

黒須:このセミナーでは「人間中心設計」を軸に、失敗しないユーザインタビューの実施法や分析法、失敗しない条件としてのコンピタンスという概念について説明していきます。
「ユーザインタビューをしよう」と思った場合、基本的にみなさんは「人間中心設計」の考え方に沿っていると思います。人間中心設計という概念自体は、1999年に ISO(国際標準化)の規格として制定されたもので、人間を中心に設計のあり方を考えるのが特徴です。

それまで一般的だったのは「技術中心設計」という概念です。これは「シーズ志向」と言われるものですが、従来、特に 20世紀までは、技術のタネを開発して、それらを使って製品をつくるというアプローチが多かったのです。
一方、人間中心設計は「ニーズ志向」と言われるもので、技術中心設計とは異なるアプローチをとります。
ユーザのニーズを最初に捉え、それをもとに開発を行っていきます。

人間中心設計の ISO 規格は人間工学の規格として制定されていますが、そのベースには心理学があります。
このセミナーでは、マーケティングからのインタビュー論の分野におけるインタビューの技術的な話とは異なり、設計プロセスとコンピタンスという観点からユーザインタビューのあり方について説いていきます。

最初に、設計と開発のプロセスについて話していきます。まず人間中心設計の定義についてです。
人間中心設計とは、システムの利用に焦点を当て、人間工学(ユーザビリティを含む)の知識及び技法を適用することによって、インタラクティブシステム(対話型のシステム)をより使いやすくすることを目的とするシステムの設計及び開発へのアプローチのことです。

橋爪:「ユーザビリティ」というのは、使いやすさや使い勝手のことです。
人間中心設計という規格は、もともとはユーザビリティの高い製品を設計・開発するために考えられた概念で、具体的にどのようにすればいいのかを、設計プロセスとして示したものです。

そのため、人間中心設計の定義のなかに、「より使いやすくすること」とか「ユーザビリティを含む」という表現が含まれているわけです。

黒須:人間中心設計のプロセスを図に表すと、こういう感じになります。
左上の計画から始まり、大きな四角に囲まれている「開発プロセスにおける人間中心設計の活動」が設計のプロセスになるわけです。

この四角の中を見ていただくと、一番上に「利用状況の理解及び明示」が見えると思います。
ここでは、ユーザがどういう状況で、どういうことをしたがっているかを理解します。
インタビューを使ったユーザ調査は通常、この段階で主に行われます。

ユーザ調査の結果をもとに、「ユーザ要求事項の明示」でユーザが何を欲しているかを明らかにし、その要求にもとづいて「ユーザ要求事項に対応した設計解の作成」で設計のプロトタイプをつくっていきます。
さらに設計解ができあがったら、「ユーザ要求事項に対する設計の評価」をします。

評価で問題がない、となったら設計サイクルから外に飛び出し、商品として販売されたものがユーザの手に渡り、使い始めて抱く感想を調査する UX 調査の段階になりますが、そこでもユーザインタビューはよく使われます。
設計段階のなかでは、利用状況の理解および明示、ユーザ要求事項に対する設計の評価がユーザインタビューのよく使われる場所になると思います。

橋爪:人間中心設計プロセスの計画を立てる段階で、まだ課題が明確でない状態のときに
“あたり” をつける目的でユーザ調査としてユーザインタビューが行われるケースもあります。

さきほど黒須先生が述べたように、ユーザインタビューがメインで行われるのは「利用状況の理解及び明示」の段階のときですが、その際に UX 調査という形で UX 評価が併せて行われることもあります。

図に示したような人間中心設計の活動すべてを網羅的にできるのが望ましいですが、プロジェクトによってはそれが難しいこともあるでしょう。
実は ISO 規格のなかには、「プロジェクトに応じて適切な活動から始めることが可能」と記載されています。
つまり、人間中心設計のエッセンスをプロジェクトごとに上手く組み込み、設計・開発しようとしている製品やサービスのユーザを理解し、その利用に際してより良い UX をユーザに提供するにはどのようにしたらいいのかを考えることが重要になります。

ビジネスにおけるユーザ調査の流れ

黒須:ユーザインタビューの目的は、利用状況の理解・把握で、ニーズを明確化することが重要になります。
ニーズを明確化することで、仕様を決めるための要件定義を作成することができます。
ユーザインタビューで把握する主な内容は、対象となる人工物の問題点や改善点で、ユーザが今使っているもの、あるいはその代替案として使っているであろうものの問題点や改善点を把握します。

調査の対象としては、既存の人工物がある場合は旧バージョン、他社の同等品を対象として調査をします。
新規の人工物の場合は類似品がないので、その代わりの行動、もしくは手作業による行動かもしれませんが、そういったものを対象として調査します。
時期に関しては任意で、手法はインタビューやコンテクスチュアル・インクワイアリーなどか活用されます。

橋爪:ユーザインタビューの目的というのは、ユーザ調査を何のために行うのかということで、それぞれのプロジェクトにおける細かい焦点課題やプロジェクトとしての目的とは、調査の内容や対象とする製品やサービスによって異なる場合があるのでご注意ください。

黒須:UX を調査する場合にもユーザインタビューは行われます。
ただし、その目的は、開発した人工物の UX の確認や開発した人工物の問題点や改善点を把握することです。
対象としては、開発した人工物、その人工物のユーザです。
時期はその人工物が市場に流布して以降となります。
手法としては、インタビューや経験想起法(ERM)などが挙げられます。

ビジネスにおけるユーザ調査の流れを簡略化すると、こうなります。
最初にビジネスゴールがあり、それにもとづいて準備・実施・分析という3つの段階を経て、ユーザ調査が行われます。その結果が報告されて、ビジネス活動にフィードバックされます。


この3つの段階ですが、まず準備段階では目的の明確化(指標化もひとつ)、調査方法の選定、焦点課題とリサーチクエスチョン(すなわち、どういうことを質問するのか)の作成、調査担当者、予算規模、概算日程、調査範囲、インフォーマントの条件などを決めていきます。
この準備段階がすごく大事です。準備を上手くやっておかなければ実施も分析も上手くいきません。
ここがダメだと、ユーザインタビュー調査を実施しても曖昧な結果しか得られないわけです。

実施段階においても予備調査が不可欠です。いきなり本調査に入るのではなく、予備調査をやって、リサーチクエスチョンが妥当なものであるかどうかを確認します。
例数は1〜2例でもかまいませんので、実際にまずやってみることが重要です。
もうひとつ、ここで大事なのが「分析」と書いてますが、予備調査データの分析です。
調査と分析は、インタビューのような質的な手法においてはインターミックスしています。

調査をやって、その分析をして、分析結果が次の調査へとつながっていく、それによって調査がどんどん精緻になっていく特徴があります。
調査を全部やってしまって、それから分析をするのではないというのがポイントです。
分析の段階になると、情報をまとめて開発にフィードバックしていきます。



・・・(続く)

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