有識者セミナーレポート
三菱ケミカル出身者に学ぶ
全社イノベーション創出に向けた 組織設計の視点
〜研究開発と事業部門の壁を越える、自社に適した機能配置と役割分担の描き方〜
日本の製造業、とりわけ総合化学産業は、過去20年以上にわたりグローバル化の波と激しい環境変化にさらされ、企業の統廃合やポートフォリオの劇的なシフトを繰り返してきました。その変革の最前線において、常に大きな課題として立ちはだかるのが、「研究開発(R&D)機能と事業部門の間に存在する見えない壁」です。
本レポートでは、三菱ケミカルにおいて38年にわたり研究開発、新規事業企画、経営企画などの要職を歴任し、技術経営変革の最前線で実務を主導してきた 横澤 浩樹 氏の講演内容を詳細に記録しました。時代背景によって変化する R&D 組織の最適な構造、ステージゲートの本質的な運用基準、そして人材流動性の低い日本企業が直面する固定費とカルチャーの壁まで、実務担当者の視点から見た「一貫性と納得感」のある組織設計の勘所を余すところなくお届けします。
※本レポートは、2026年5月26日に開催されたセミナーをレポート化したものであり、当該時点での情報に基づき作成されております
登壇者プロフィール
横澤 浩樹 ⽒
1988年三菱ケミカル株式会社入社。38年にわたり研究開発、新規事業企画、経営企画等の要職を歴任。化学系3社統合をはじめとする経営体制変革の各局面で、組織体制設計や PMI を主導。実務に即した「一貫性と納得感」ある施策を強みとし、現在はイノベーション創出のための、組織設計やガバナンス、技術経営戦略、AI トランスフォーメーションなど、技術経営変革の知見を提供している。
セミナーの導入
本セミナーの目的
改めまして、横澤と申します。本日は「全社イノベーション創出に向けた組織設計の視点」というテーマで、私がこれまで歩んできた実務の現場における経験を中心にお話しさせていただきます。
今回のセミナーをお受けした背景には、ビザスクの事務局様から「イノベーションに関わる組織設計の現場で、さまざまな『壁』に直面して悩んでいる方々が多い。そうした現場の課題を乗り越えるための知見を共有してほしい」という具体的な企画案をいただいたことがあります。
私は2026年2月まで三菱ケミカルに在籍し、まさに組織の境界に生じるさまざまな問題を解決する実務者の立場に身を置いていました。この領域の仕事に約20年間携わる中で、数々の組織の壁を具体的に乗り越えてきた自負があります。本日は、経営論に基づいた教本的な組織最適化論ではなく、あくまで現場で泥臭く苦労されている実務担当者の皆様と同じ視点に立ち、実務的・戦術的な立場でどのように課題へ対応してきたかという「ケーススタディ教材」として、私の経験談をお伝えすることを目的としています。
組織設計における3つの壁
全社的なイノベーション推進や研究開発体制の再編を試みるとき、私たちは必ずいくつかの典型的な「壁」に突き当たります。壁という言葉を使う以上、そこには必ず何らかの組織的な境界が存在します。これは決して各部門が感情的に対立しているという意味ではなく、それぞれの部門が置かれている環境やミッションによって「利害が一致しない」ために、自然と境界線が強固な壁になってしまうのです。私が会社組織の中で実際に耳にし、体感してきた壁は、大きく次の3つに整理されます。
まず1つ目が、「全社的なイノベーション組織の設計と構造選択の壁」です。
イノベーションを効率的に推進していくための組織体制において、絶対的な正解は存在しません。そのため、イノベーション推進のための機能や予算を各事業部の中に細かく持たせるべきなのか(縦割り・分散型)、あるいはコーポレート(全社組織)に一括して集約させるべきなのか(横断・集約型)という構造選択の議論が常に発生します。戦略の方向性や外部環境の変化に合わせて、それぞれのメリット・デメリットをどのように比較評価し、既存の組織構造をどのように再編していくべきかという点に、多くのマネジメント層が苦慮しています。
2つ目が、「研究開発機能と事業部門の配置に伴う壁」です。
これは、技術開発を行う機能を全社コーポレート組織に置くのか、それとも事業部門に直接所属させるのかという、社内における帰属先と役割定義の難しさです。会社全体の遠い将来を担うための「コーポレート研究」と、目先の既存事業に近い領域を扱う「事業部内の研究」では、求められる時間軸も成果の定義も異なります。この配置のバランスを誤ると、研究開発機能と既存事業部門との関係性が悪化し、全社的な役割分担の整理がまったくつかなくなってしまいます。
3つ目が、「事業化への移管とガバナンスの壁」です。
研究開発が順調に進み、初期の基礎研究フェーズから、いよいよ事業部門が最終的な事業責任を負うべき「事業化フェーズ」へ移行する段階において、どのタイミングで全社と事業部のどちらへ移管すべきかという、企業投資的・ガバナンス的な観点での設計が求められます。さらに現場を悩ませるのは、現場レベルで厳格なステージゲートなどの移行基準を設定しているにもかかわらず、経営陣のトップダウンによる判断や経営方針の突如とした転換によって、その基準が覆されてしまうことです。運用ルールが二転三転することにより、中間マネジメント層が長期プロジェクトの意思決定や現場運営で振り回されるという問題が頻発します。
解決のフレームワーク
これらの壁を単に「場所」として眺めているだけでは、解決策は生まれません。私たちは境界領域に生じている壁の本質、つまり「壁の質」を的確に見極める必要があります。私たちのチームが組織設計や境界の調整を行う際に、常にベースとして考えてきたフレームワークが、「3つの視点」による整理です。
組織間の境界で議論が紛糾したとき、私たちは問題を以下の3つの要素に分解して整理します。
- 成果責任:例えばステージゲートの特定のフェーズを通過させることや、事業化の成否は、一体どちらの部門の成果としてカウントされるべきなのかという視点です。
- 予算責任・権限:労務費や研究活動経費、設備の減価償却費といったリソースを執行する決定権を誰が持っているのかという、お金とリソースの責任の所在です。
- 所属組織:その研究者や技術者は、どこの組織に籍を置き、誰に対してレポートラインを持つべきなのかという、物理的な人員配置の視点です。
境界領域のトラブルの多くは、この3つの視点が整理されないまま混同されて議論されることで発生します。これらを明確に区分した上で、イノベーション戦略に基づいて「点線の壁」を一つずつ解消していくことが、組織設計における最大の「勘どころ」になります。
・・・(続く)
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ご利用実績(一部)東証プライム上場企業 4社に1社が導入経験あり※1









