有識者セミナーレポート

元ソニー 歴代プレイステーション開発責任者から学ぶ VUCA時代の企業経営と事業創造
〜研究開発部門に求められる未来を起点とした事業創造とは〜

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大企業の中でも製造業では、研究開発部門の影響力が大きく、それまで培ってきた技術力やアセットを前提に新規事業を検討するケースが多いかと思います。しかし、近年は未来の予測が困難な時代であり、VUCA と言われる不確実性の時代です。

元・ソニー株式会社で、現・オフィスちゃたに株式会社 代表取締役 の 茶谷 公之氏 をお迎えし、VUCA 時代の企業経営と事業創造ついて、お話いただいた模様をレポートします。

登壇者プロフィール

茶谷 公之 氏

オフィスちゃたに株式会社 代表取締役

ソニー・プレイステーション事業 元経営メンバー・CTO。プレイステーション事業の立ち上げに参画し、CTO・EVPとして歴代のプラットフォーム構想・企画・開発・経営に貢献。ソニー本社ではCell開発センター、技術戦略部門やクラウド開発部門を統括。その後、楽天AI担当執行役員、KPMGデジタル子会社CEO・KPMGジャパンCDO、マッキンゼーBuild by McKinsey日本統括を歴任。「創造する人の時代」著者、「マッキンゼー REWIRED」日本市場向けコラムを寄稿。現在オフィスちゃたに株式会社 代表取締役。

VUCA時代・AI時代への備え

VUCA時代、AI時代の備えについて話をしていきたいと思います。まず、VUCA時代とは何か。これは先が読めず複雑で不確実・不安定ということで、みなさんもよくご存知かなと思います。VUCAはVolatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)という4つの単語の頭文字を取ったものです。

VUCA時代には、Observe(観察)、Orient(方向づけ)、Decide(意思決定)、Act(行動)という「OODA(ウーダ)」という行動プロセスがフィットすると言われています。

例えば、戦闘機に乗っている人が相手は3機しかいないと思って飛び立った際、実際には4機いたときにどうするのか。そこから基地に戻って、4機いたときの対策を練り直すことはできないので、その場で相手を観察をして、どうするかの方向付けをし、意思決定をして最終的にアクションしていくわけです。ある意味アジャイル的なアプローチをこの4つの言葉で定義しています。世の中がどんどん変化し、先が読めない状態には、こういうOODAというようなアプローチがフィットするというふうに言われています。

VUCA時代には計画的なアクションの実行に長けているだけでは不十分です。いかに変化、あるいは予期しないイベントに対して、柔軟に適切に対応できる能力が必要になります。よくスタートアップで言われる「フェイルファスト(Fail Fast)」、いわゆる早く失敗することで改善して次に向かうことを推奨しているところもあります。そういう意味では、いかに変化あるいは予期しないイベントに対して柔軟にフィットしていくか、対応できるかっていうことがより重要になってくることの証左ではないかと思います。

2つ目は生成AI時代です。これはもう皆さんが毎日聞いているキーワードだと思います。多くの「作業」が生成AIである程度できるようになってきていますし、進化は今後どんどん続いていくだろうと思っています。

ただ、生成AIを代表するChatGPTの弱点は、基本的には文字言語化された情報を確率推移的に次にくる文章を推定して生成しているところにあります。ある意味、かな漢字変換、いわゆる「あ」って入れたら、「あけましておめでとうございます」と言葉が出てくるようなもので、いわゆる推定みたいなところがあります。ただ、数学モデルなどを内包していないため、簡単な数学を解けないこともあります。ただしこれはRAGなどの様々な切り口のアプローチがChatGPTに入ってきて、どんどん補強されています。

そのため、今問題となっているあるいは弱点となっていることも、近い将来には弱点ではなくなっていくのかなと思っています。

生成AIの活用に関して、経営視点から見たときにいくつか課題があるなと思っています。生成AIで、ある程度いろんなことができてしまうのでジュニアな人たちの育成機会が減少するというところに関しては少し気にしています。

ドキュメントをまとめたり、あるいは要約したり翻訳したり、キーワードから広げてレポートにしたりといったようなアクションは、ジュニアの人たちにOJT的に教えるようなケースが多かったと思います。ただ、そういうタスクが生成AIを使えば、あっという間にできてしまうので、育成機会を阻まれてしまう可能性はあるのかなという懸念があります。

一方で、ポジティブなこともあります。AIの活用というのは将棋だったり、チェスだったりが早くから行われていて、将棋でAIがプロの人間に勝てるようになってから囲碁になるまで、いわゆる囲碁の手のバリエーションは将棋より多いので何年もかかると言われてたのが確か2年か2年半ぐらいで囲碁も勝てるようになってしまった。非常に進化が早いんです。

今後、複雑なルールに適用していく、つまりビジネス環境や経営に関することなどパラメータがもっと多くなる、あるいは複雑なケースに応用できる。そのような示唆が、この将棋AIやあるいは囲碁AIでの発見から得られたなと思っています。

1つ目は、これまで常識だと言われてたものをさらに探索すると、意外と良いかもしれないことがわかったりするのは非常に面白い現象だと思います。

こういったものは、経営で考えるとデジタルツインなどをシミュレーションしていくと、これまでの常識を覆す経営戦略、あるいは経営戦術を取り得る可能性が出てくると思っていて、非常に興味を持って見ています。

もう1つは、AIとの対話による実力向上ということで、やっぱり将棋AIと戦うことでどんどん人間が強くなってる感じがしています。PCの使い方というかコンピュータの使い方がどんどん進化し、AIに活用するレベルまでいくことによって、人間の世代によっての実力の差が相対的に出てきてるのかなというふうに思います。

AIと対話する、あるいは戦うことで実力が向上することは、会社においてもいろんなAIとの対話で経験値を仮想的に向上させる可能性が高まったことでもあります。自分専用のAIコーチがいて、プロとしての技量を企業としても高めることができるようになるんじゃないかと思っていて、ここは教育産業としての新たな事業領域かなと思ったりしています。

日本から新しい産業を生み出すために

VUCA時代、生成AI時代は人に求められる能力が変化、あるいは進化していくということに他ならないだろうなと思っています。VUCAの時代で先が見えない中でも日本の課題は結構見えてるところがあります。1つ目はシニア層の比率が上がることです。現在、65歳以上の割合が28%、2040年には35%になるということで、つまり3人に1人はこの65歳以上になるわけです。街を歩いてる人を見ると3人に1人は65歳以上のシニア層になります。

これもよく失われた30年みたいな言われ方をしますが、グローバルにおける日本企業の地位が相対的に後退しています。これは過去の30年時価総額ランキングから日本企業が消えたというニュースなどで多くの人が知っているかもしれません。自動車産業が最後の砦的な存在になりつつありますが、半導体や家電産業などは今や世界一の産業ではありません。

また、各種インフラの老朽化もこれから大きな問題になってくると思います。アメリカはモータリゼーションが一歩先に進んでいることもあり、橋が壊れたり道路が壊れたりする事象がいろいろ起こっていますが、今後日本でも増えていきます。

それから限界集落が増えることで、買い物難民も増えます。500m以内に買い物施設がなくて、なおかつ自家用車の利用が困難な人たちの割合がどんどん増えています。それにもかかわらず、新しい産業を生み出せていないことが日本の課題だと思っています。

新しい価値創造をしない限り、日本に先はありません。新しい価値創造をやるときに、1つの方向性として、エビデンス至上主義から、エビデンスがないからやるというマインドシフトをしていく必要があるのではないかと思っています。

これはあくまでも私個人の願いですが、日本で今後シニア層が増えていくことは人口統計からもわかっています。シニア層のクオリティ・オブ・ライフを向上させるプロダクトやサービス、インフラを日本が先に作ってしまえば、今後日本の輸出産業にできます。

今はまだ平均年齢が若い国はたくさんあるんですね。特にアジアの国はまだまだ若いです。ただ、20〜30年していくとやはり同じように少子化になり、人口構成も変わりシニア層が増えます。そうなったときに日本が既に作っているシニア向けのクオリティ・オブ・ライフを向上させるプロダクトやサービス、インフラを輸出できるのではないか。そうすることで、外貨を稼げるようになるといいなと思っています。

こういった「AgeTech」という領域の市場規模は300兆円ぐらいあると言われています。全体のシェア10%を日本が獲得したら30兆円の産業になりますし、もし20%ぐらい獲得できれば60兆円の産業になるので、狙ってみる価値のある産業だと思います。

・・・(続く)

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