有識者セミナーレポート
車載電池のグローバル競争戦略 EV時代を日本は生き残れるのか
世界的な脱炭素化の潮流において、自動車の電動化が加速しています。そのような中、キーファクターとして注目されているのが「車載電池」です。車載電池の性能やコストは、電動車の競争力に直結し、これからの自動車産業にとって生命線となり得ます。富士経済の調査によると、車載電池の世界市場は2035年に約26兆円と、2020年の約8.5倍に増える見通しです。
車載電池を巡り、グローバルな「覇権争い」が激化する中、日本はどのように勝機を見出せば良いのでしょうか。本セミナーでは、「電池の覇者 EVの命運を決する戦い」の著者で、名古屋大学 未来社会創造機構 客員教授の佐藤 登氏をお迎えし、車載電池に関し、韓国・中国・米国・EU等各国の現状、サプライチェーンを跨いだ主要プレイヤーの動向、国際競争における今後の展望や日本の「勝ち筋」についてお話いただいた様子をレポートします。
登壇者プロフィール
佐藤 登氏
名古屋大学未来社会創造機構 客員教授
エスペック(株)上席顧問
イリソ電子工業(株)社外取締役
前サムスンSDI常務役員1978年横浜国立大学大学院修士課程修了、本田技研工業(株)入社。88年社内研究成果により東京大学工学博士。91年(株)本田技術研究所に車載用電池研究開発機能を創設。92年チーフエンジニア、93年 マネージャー兼務。2004年同社栃木研究所から韓国サムスンSDI(株)に常務として移籍。12年末まで技術経営と経営戦略に従事。11年から名古屋大学未来社会創造機構 客員教授。13年からエスペック(株)上席顧問、21年からイリソ電子工業(株)社外取締役。
自動車の電動化に舵を切った歴史的背景
まずは自動車の電動化の歴史から振り返ってみたいと思います。電動化の動きが始まったのは、遡ること32年前。1990年9月にカリフォルニア州大気資源局(CARB)によるZEV(Zero Emission Vehicle)規制の発効がきっかけです。その後 、1998年に日本のホンダ、トヨタ、日産、アメリカのGM、フォード、クライスラーというカリフォルニア州で販売台数が多い自動車メーカーに対して、販売量の2%を電気自動車(EV)化することを定めました。
各社、EVの開発に取り組んでカリフォルニア市場に数百台規模で供給しましたものの、航続距離や充電時間の問題、そして価格の高さといった課題が浮き彫りになりました。
その結果、自動車業界でもハイブリッド車(HEV)の方が現実的ということで、トヨタのプリウスやホンダのインサイトが登場しました。HEVは市民権を得ていったわけですが、2018年にZEV規制が厳しくなり、HEVがZEVクレジットの対象から外れ、プラグインハイブリッド車(PHV)、EV、燃料電池車(FCV)だけがZEVクレジットの対象となったのです。
そうした背景もあり、各社がPHEV、EVおよびFCVの開発に力を注いでいるわけですが、2021年以降もいろんな観点で規制が変わっています。電池は産業の世界でもありますが、一方で政治の世界でもあります。すごく政治が関わっているので、政治で対応すべき部分があるのですが、日本はとても政治が弱いんです。
例えば、中国はもともと「自動車大国」と謳っていましたが、今は「自動車強国」「電池強国」と銘打ち、中央政府が莫大な補助金を投じて産業を動かしています。また、お隣の韓国は世界の「電池最強国」と言い、中国を意識しながら大手財閥(サムスン、LG、SK)の資金力と投資スピード、そして文政権の後ろ盾というように官民一体で動いてきました。
EUは「脱・アジア」をキーワードに掲げ、EU独自の電池産業の構築を目指しています。2015年から、当時の首相・メルケル氏がリーダーとして政策方針を掲げました。そして、米国は「車載電池は経済安全保障」と唱えるなど、4大核心品目に位置付けています。
世界各国が分かりやすく、ダイナミックなメッセージを送っているわけですが、それらの国と比べて日本は一体どうなのかということです。2021年11月に政府は企業が投資拡大する際に補助金を出すと表明し、「蓄電池産業戦略検討官民協議会」が発足しました。まだまだ、世界と比べるとインパクトは弱いですが、それでもこれは大きな一歩だったと思います。
各自動車メーカーの取り組み事例
トヨタの動き
そうした中、各自動車メーカーもダイナミックに動いています。まず、トヨタは電動車を全方位で取り組んでいますが、ビジネスの軸と規制の軸は分けて考えています。ビジネスの軸はあくまでもハイブリッド車です。しかし、2018年からZEV規制が厳しくなったことも踏まえ、PHEVとFCVに加えてEVも展開しています。
また、EVに関してトヨタは後発と言っていいほどの出遅れ感がありましたが、これは技術がないとかではなく、戦略的に“出遅れさせていた”んです。EVをどんどん市場に出しても売れないこと、利益を出し難いことがわかっていたからです。それで良い頃合いを伺っていたのですが、ここに来て欧米の規制の事情などもあり、各自動車メーカーがEVに投資しなければいけないようになったことで、2020年以降からEVにも踏み切ってきました。実際、2021年12月に目標を上方修正し、2030年に30車種のEV350万台、EVと車載電池に8兆円の投資、35年にレクサスはEVのみの販売にすることなどを発表しています。
そのほか、電池に関しては「戦略的なデバイス」という位置付けにしています。2年前の2020年にパナソニックと合弁会社・PPESを立ち上げました。それでも電池のキャパシティが足りないということで、GSY、豊田自動織機、東芝、CATL、BYDなどとアライアンスを組んだりしています。また、2025年の稼働を目指し、北米ノースカロライナ州に電池工場の立ち上げに取り組むなど、戦略的に力強く動いています。
全固体電池については、豊田社長は2017年ごろから「2020年代前半に実用化する」ということを言っていましたが、昨年に方針転換をしました。EV用は課題が多くあるため延期し、2020年代前半にHEV用で実用化するということを表明しました。まだ公道での実車走行実験も行われていないので、2年後の実用化は難しいのではないか、と見ています。
ホンダの動き
ホンダも考え方はトヨタと似ており、全方位で展開しています。やはり、ビジネスの軸はHEVとなっており、PHEVも第二世代を出したのですが、昨年の夏にクラリティPHEVは生産中止になっています。・・・(続く)
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